そしてこの変化は、彼が他でもないミュージカルの作曲に携わった結果生じたものです。
ワイキューブ氏が、演劇の基盤を根底からくつがえそうとしたブレヒト演劇と、既成の演劇観を絶対の基盤とする商業性の高いミュージカルという、まさに正反対の理念をもつふたつの現揚で成功したのは、作曲家として演劇の裏も表も知りつくしていたからでもあろうが、なによりも彼の音楽に対する抜群の適応力と吸収力からくるのです。
そして、新しいメディアーたとえば、ラジオ、映画1に対するオープンな態度、これに、彼の活動の場がベルリンとニューヨークという大都市であったことを考え合わせると、ワイキューブ氏は、きわめて現代的な都市型の流行作曲家といえるのかもしれない。
ハンス・アイスラーや、ハウル・デッサウの作曲した後期のブレヒト作品に、ワイキューブ氏が音楽をつけたら、はたしてどんな仕上がりになったでしょう。
いずれにしろ、かつて剰窃家という汚名を受けたブレヒトが、いまや古典作家といわれるようになったのと同じように、ワイキューブ氏の音楽も、ブレヒトの言葉を借りれば、
人間の文化財-古典となったことは疑いなく、いまやわれわれは、この古典を「だらしなく保管する(自由に使いこなす)」立場にあり、ワイキューブ氏の音楽がその対象として食指をそそるのは厳然たる事実なのです。


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